直線で30m。この往復が彼の「甲子園」だった。彼の背番号は14番。ピンチを迎えると、ベンチからマウンドに全力で駆け寄り、バッテリーや内野手を励ます伝令役に徹した。
敗戦するまでの3試合で何度マウンドへ行ったか本人は覚えていない。スコアブックにその動きが記されることもない。しかし、チームはそんな彼に支えられて勝ち進んだ。
記録には残らなくても、彼は甲子園に確かな足跡を残した。
試合後の通路、すすり泣く声が方々で聞こえる中、彼は一番奥にいた。「みんな最後までよく粘りました」「気迫は負けていなかった。みんな一生懸命でいいチームでした」滴り落ちる汗をぬぐおうともせず、淡々と話した。
彼は外野手だが、試合の出場経験はほとんどない。しかし、練習では始まりから後片付けまで大きな声を出して率先する。そんな姿を見てか、新チームになって野球部全員が彼を主将に推薦した。
チームメイトは「あいつが伝令で走ってくる姿を見るだけで、雰囲気が変わるんです」と言う。他の選手も「一回から九回まで、ベンチから絶えず声を出している。あいつが試合中座っているのを見たことがないし、あいつの声を聞くと、勇気づけられる」と話す。
冷静にチームのことを話したあと、自分が試合に出られなかったことについて聞かれた時、こらえていたものが両方の目から一気にあふれてきた。口を横に結び、言葉が出てこない。「マウンドまでの距離はどうだった?」と聞かれ、やっと「短かったです」と答えた。
自分の役割を全うするため「みんなのようにグラウンドを駆け回りたかった。」という言葉をぐっと飲み込み、主将は最後まで個人的な思いを口に出さなかった。
これはある甲子園球児のインタビュー記事です。
表舞台で脚光を浴びる選手、ベンチで裏方の作業をする選手、ベンチに入れずスタンドから声援を送る選手、いずれも重要な役割を担っています。これは人間がどこでどのように輝くのかを教えてくれます。
また、今までの苦難や挫折があるからこそ、今の魅力があることに気付かせてくれます。
高校球児からは、多くのことを教えられます。
鴨井尚志