過日、落語家の三遊亭円楽さんが「ろれつが回っていない」との理由で引退宣言をしました。その当日、最後の演目になったのは「芝浜」という落語です。
ご存知の方も多いと思いますが、内容をかいつまんで紹介しましょう。一人の魚屋が、芝の浜で思わぬ大金を拾い、「これでもう働かなくてもいいんだ」と大酒を飲んで寝込んでしまいます。 あくる日、目が覚めてあの大金はどうしたと女房に聞くと、「あんた、何のこと言ってんの?変な夢でも見たんじゃないのかい?」とたしなめられます。魚屋は、「なんだ、夢だったのか。それじゃ、しょうがねぇ」と心を入れ替え、大好きな酒を断って、一生懸命に働き数年が過ぎます。
やがて家業は安泰となり、ある年の暮、幸せな気分で女房と大晦日の除夜の鐘を聞いていたとき、女房が数年前の大金を拾った夢話は、夢ではなかったことを打ち明けます。本当はお金を拾ってきたけれど、そのお金があると魚屋は働くことをせず、だめな人間になってしまうと思い、嘘をついていたのだと詫びます。男は、それを聞き、詫びるのは自分の方だと言って、女房に感謝するというお話です。
お金に対する絶妙な価値観、働くことの意味、夫婦の理想像等々、日本人独特の美意識がちりばめられた何とも良い話です。

人間の勝手な欲情が引き起こす事件ばかりを見聞きする今日この頃、仕事をして生活することの意味を改めて教えられ、心が洗われる気持ちになります。そこにあるのは、我々が忘れかけている数値に還元できない生活の質感です。
円楽師匠が最後に「芝浜」を選んだのは、世の中に対するメッセージだった気がします。