怖れや不安のないようにすべき2つの日。
ひとつは「昨日」という日。
昨日の間違いや心配事、過ちや失敗など、後悔や苦痛は昨日とともにある。しかし永遠に過ぎ去った昨日はどうにもならない。世界中の富をもってしても昨日は取り戻せない。たったひとつの行いすら取り消すことはできない。たったひとつの言葉すら消し去ることはできない。昨日には永遠に帰れないのだから。
悩んではならないもうひとつの日は「明日」。 災難の可能性、どうなるかわからない今日の過ち、大きな約束、乏しい成績とともにある明日。しかし明日もまた、いますぐどうすることもできない。明日の陽は昇る、光り輝き、あるいは雲に覆われて、それでも明日の陽は必ず昇る。しかし、明日がくるまで今日とは無関係、まだ始まっていないのだから。
残る日はひとつ、「今日」という日。誰でも1日だけなら闘うことができる。今日、動けなくなるのは、手に負えない昨日や、明日起こるという不安という重荷が加わるとき。人を迷わせるのは、今日の経験ではない。昨日起きたことに対する自責や苦しみと、明日がもたらすかもしれない不安なのだ。
だから、1度に1日ずつ生きようではないか!
上の言葉は、誰が言ったか知りませんが、小生のような煩悩のかたまりは「わかっちゃいるけど・・・」
と思ってしまいます。
小生のどうしても悩んでしまう日、それは月末の締め日と年次決算の日と手形が落ちる日と・・・。
皆さん、煩悩の数がなぜ108かご存知ですか?
それは、あれこれ悩んで四苦八苦するので、四苦(四・九=36)八苦(八・九=72)合わせて108だ
からだそうです。

鴨井尚志