平成18年度会長鴨井氏がメーリングリストに流した「ちょっといい話」を集めてみました。
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2006/12/28「名采配」ある高校が、バレーボールで全国制覇した時の祝賀会。 来賓がレギュラー選手の活躍を称賛したのをよそに、チームの監督は、レギュラーそっちのけで、控え選手の名を一人一人挙げて、各人が果たした役割をほめた。「声がよく出ていた」「仲間をよく励ました」・・・。 控え選手とその父母はもちろん、チーム全員が涙に包まれ、いい会になった。 控えが意気に感じれば、組織力が増すことを知り尽くした、監督の“名采配”を感じた。 日本一になって当然のチームである。 |
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2006/12/22「会社って」従業員50名で年商21億円の商いをしていた会社がありました。 社長が息子に会社を託し、自分は経営から退きました。 すると数年後に新社長は、突然会社をたたんでしまいました。 業績不振が理由ではありません。そしてその後、その息子は新しく会社を興し、従業員20名で17億円の商いをするまでになりました。仕事の内容は、自ら潰した前の会社とほぼ同じものです。 なぜ50名でもっと商いを大きくしようとしなかったのかと思う人、リストラとして思い切ったやり方だと感じる人、感想は様々でしょう。 ただ、会社は経営者の「オモチャ」でも「道具」でもないと思います。 |
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2006/12/15「値引き」ある老舗かばん屋での、職人とお客のやり取り。 高価だが是非とも欲しいかばんを見つけたお客が、「このかばん、どうしても欲しいんですけど、少し安くしてくれませんか?」と店のオヤジさんに頼みました。 するとオヤジさんいわく、「これはわしの仕事に対して付けた値や。負けられん。催促はせん。いつでもええから金の出来た時に払うてくれたらええ」。 金銭に頓着しないが、安売りはしない。職人の心意気です。 お客の要望に応えて、すぐ値段を下げてしまう営業は、製造現場の苦労が見えていないからなのでしょう。 |
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2006/12/8「最高の結婚」昨日、市長と語る会において、道州制が話題になりました。 市町村合併よりはるかに規模の大きい県同士の合併となると、問題も山積かと思われます。 道州制が実行されるときには「それぞれのいい点がうまく噛み合えば」という願いも当然出てくるでしょう。 イギリスの劇作家、バーナード・ショウに、有名なエピソードがあります。 ある美人の女優が、バーナード・ショウに言ったそうです。 「私たちが結婚したら、きっと、あなたの頭脳と、私の美貌を併せ持った素晴らしい子供が生まれるわ。」 この女優の言葉に対して、バーナード・ショウは答えました。 「もし、我々が結婚して、君の頭脳と、私の容貌を併せ持った子供が生まれたら、どうするんだい?」 この話は、多くの人々に笑い話として語られるエピソードです。 しかし、これは、経営者やマネジャーにとっては、決して笑い話で済まされないエピソードではないでしょうか。なぜなら、我々は、企業の合併や組織の統合、人事の異動において、このバーナード・ショウの警句を忘れてしまうことがあるからです。 「ものごとの良き側面だけを取り出して、組み合わせることはできない。」その警句を、忘れてしまうのです。 |
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2006/12/4「根っこ」あるコラムで、「昔のキュウリはうまかった」という記事がありました。 しっかりした歯ごたえと味わいが、現在スーパーなどで売られているキュウリとは違うそうです。 昔のキュウリは、農薬や化学肥料を使わず、農家の方が丹念に育てたということもありますが、それ以外に、接ぎ木をしていなかったことが味の違いを生む大きな理由のようです。つまり、「自根(じこん)キュウリ」であるかないかです。 また、皮が硬いわりに身が柔らかい今のキュウリは、漬物に適さないため、漬物業者は中国産キュウリを使うことが多いといいます。 コラムは、「自根を失った日本の食文化の皮肉な構図である。」と結んでいました。 自分のあるいは自社の根っこが何なのか、どこなのかを見失わないようにしなければと痛感した次第です。 |
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2006/11/24「成功者の条件」活躍している経営者の弁の中で、「自分の思いに賛同してくれる人に巡り会えた」「良きパートナーに恵まれた」「運が良かった」という言葉をよく耳にします。 これは、単なる偶然ではなく、その人が自分を充分に理解したうえで、何を成し遂げたいのかという明快な理念と熱い情熱を持ち、その目的が世の中のためになるものであったからに他なりません。 このことは、経営者にのみ当てはまることではなく、普段の職場でも同じことが言えると思います。 上記の条件を忘れてしまい、「誰も理解してくれない」 「運が悪い」と愚痴をこぼしている人、いませんか? |
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2006/11/20「ハチドリのひとしずく」南アメリカの先住民につたわるお話です。 森が燃えていました。 森の生き物たちは、われ先にと逃げていきました。 でも一羽のハチドリだけは、いったりきたりくちばしで一滴の水を運んでは、火の上に落としていきます。 動物たちはそれをみて『そんなことをしていったいなにになるんだ』と笑います。 ハチドリは、こう答えました。 『わたしは、わたしにできることをしているだけ』 |
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2006/11/9「雨乞い」さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。 頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュ させてから、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) アフリカのある部族が、雨乞いの踊りを踊ると、必ず雨が降るそうです。 な〜ぜだ? 答は下の方へ「白地で」書いていますので、、反転する前に少し考えてみてください。 (答) 雨が降るまで踊り続けるから。 あの松下幸之助氏が次の言葉を残されています。 「失敗したところで止めるから、失敗になる。成功するまでやり抜いたら、失敗は失敗でなくなる」 |
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2006/11/2「プライド」先日プロ野球日本シリーズで勝利を収め、日本一に輝いた日本ハムファイターズのヒルマン監督が、インタビューに答えていました。 彼は、今年の勝因として、チームの変化よりも自分の変化を挙げています。彼は、野球の本場アメリカ大リーグでも指揮を執ったことのある人物です。 そのプライドと意地が障害となり、昨年までは、選手の指導や起用方法を頑(かたく)なに曲げませんでした。 しかし、今年は自分のプライドも意地も捨てて、チームを変えるより、自分を変えることを選びました。選手やコーチと話し合い、日本流の野球を理解しようと努力をしました。その結果、大輪の花を咲かせることができたのです。 彼は、「個人のプライドや意地は、組織の勝利に妨げになることがある。それらを守ることよりも、良い結果を出すことの方が、本物のプライドだと気づいた」と言っています。 我々の職場でも、参考になる言葉です。 |
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2006/10/27「ドアの取っ手」先日、あるところでドアを開けようと思い、大きな取っ手を引いたところ、開きませんでした。何のことはありません。押し戸だったからです。 通常、ドアに大きな取っ手があると、人は無意識にそれを引いてしまいます。逆に、もし取っ手がなければ、無意識に押してしまいます。押し戸なのに余分な取っ手があると、つい引いてしまい、ストレスを感じます。 このことは、我々の言動にも当てはまるかもしれません。 自分の主義・主張を一方的に押し付けると、相手にストレスを与えてしまいます。人の行動原理や認知・理解度に即して、ストレスを最小化する方法を考えれば、案外相手は素直に行動してくれるのではないでしょうか。 今日のお話は、「取っ手(?)おきの話」でした。 |
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2006/10/13「心の明かり」昔話の「蛇婿」というのを聞きました。 大蛇に嫁いだ娘が、持参した嫁入り道具を使って見事に大蛇を退治するのですが、帰り道がわかりません。陽の落ちた闇の中 を歩いていると、遠くに明かりが見えました。それを目当てに娘は進み、老婆に助けられます。 娘はやがて、長者の若旦那と結婚して、幸せに暮らすといったストーリーです。 あたりが真っ暗で、どこへ進めばよいのかわからないと、途方に暮れてしまいます。しかし明かりはどこかにある。きっとある。見えた明かりの方にまっすぐ行けば、きっと助けがあって、道が拓ける。そういったメッセージが込められたお話です。 一寸先は闇、という厳しい時代を生き抜く我々に勇気を与えてくれる物語です。「お先真っ暗」と悩む人の中には、自分で目を閉じている人がいることもあります。目をつむれば誰でも暗闇になります。自分から目を開けなければ明かりは見えません。 また、どんなに暗くても自分の心の明かりだけは消したくないものです。その明かりを頼りに向かってくる人と素敵な出会いがあるかもしれません。ビジネスチャンスも拡がるかもしれません。 |
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2006/10/6「ロスの種類」
他に知っているロスがありましたら、オシエテェ〜。 |
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2006/9/29「静寂心」将棋の羽生棋士のエピソードを紹介します。 羽生棋士は、ある重要な対局のときに、先手であるにもかかわらず、開始後数分間、駒を指しませんでした。通常なら、対局するまでに何を指すかを決めているはずです。 このとき、羽生棋士がなかなか先手を指さなかったのは、「静寂心を待っていた」からだそうです。 大勝負の対局で、最も大切な先手を「静寂心」で指すことにこだわったのです。どのような「先手」を指すかだけではなく、どのような「心境」 で先手を指すかを羽生棋士はこだわったのです。 重要な意思決定の場面に直面したとき、苛立ち、焦り、不安、恐怖などにとらわれて断を下してしまうと、直感力も鈍り、誤った判断をしてしまう可能性があります。 いかなる「選択肢」を選ぶかではなく、いかなる「心境」で選ぶかという「静寂心」。我々も心掛けなければならないことだと思います。 |
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2006/9/15「ウサギとカメ」さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。 頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュさせてから、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) ウサギとカメが競争をしました。 ウサギは途中で寝なかったのに、負けてしまいました。なぜ? 答は下の方へ「白地で」書いていますので、、反転する前に少し考えてみてください。 (答) ウサギがスタートする前に寝てしまったから。 弱い者が強い者に勝ちたければ、強い者が試合に出られない状況を作るのもひとつの方法でしょう。 自分の強みと弱み、また相手の強みと弱みを知っておけば、戦法はいくつか出てくるはずです。 勝負は、土俵の上だけで決するものではありません。 |
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2006/9/8「幸福度」社員数名を抱える会社の社長が、社員に問いかけました。 「今の会社をどう思う?」。すると皆が異口同音に「夢がない」との返事。 社長は、社員全員を解雇しました。 社員に夢を持たせられなかった社長。自ら夢を持とうとしなかった社員。 仕事に対するプライドはなかったのでしょうか? 夢と目標の大切さを教えてくれます。 英国の研究者が最近発表した世界各国の「幸福度順位」で、日本は178カ国中90位という低位でした。 途上国といわれるフィリピン、タイ、インドネシアなど東南アジアの多くの国の幸福度が、軒並み90%を超えていたのに、日本は60%台です。 経済的指標である1人当たりの国民所得で比較すると、日本はこれらの国の15〜36倍もあると聞きました。経済的豊かさは、必ずしも心の豊かさにつながらないようです。 上述の会社の話を聞いたとき、日本人の幸福度が低い理由のひとつがわかった気がします。 |
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2006/9/1「防災の日」今日9月1日は、防災の日です。1923年のこの日に関東大震災が発生し、14万人を超える死者・不明者を出しました。その教訓を忘れないようにと1960年に制定されたとのこと。(地震発生から37年も経って、「教訓を忘れないように!」というのも何か変ですが・・・) さて、災害といえば、地震をまずイメージする方も多いと思います。そもそもこの地震とは、「普段固着している地下の岩盤が一定の部分を境目にして急にズレ動くこと。またそれによって引き起こされる地面の振動」だそうです。 地震の怖さを説いたり、防災商品を用意したりするのを見るにつけ、その前に、家庭や職場の岩盤(人間関係)がどれだけズレているかを認識することも大事だと感じます。 会話をしているか、目標を明確にしているか、情報を共有しているか等々、どんな揺れが来ても動じない絆を作ることが、家庭や職場の防災の第一歩かもしれません。 妻害(災害)が大きくて自信(地震)を失くしているあなた、防妻(防災)対策をしっかりと! |
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2006/8/25「本当に欲しいもの」デパートのオモチャ売場やスーパーのお菓子売場で、小さな子供が「このおもちゃが欲しい〜」「このお菓子がいる〜」とダダをこねている風景は、ごく日常的に見かけます。中には、その場に座り込んで、泣きながら顔をグシャグシャにして訴える子もいます。 彼らの欲しいものに対する執着心は凄まじく、「どうしても手に入れたい」という気持ちが伝わってきます。 さて、我々大人にそこまではっきりした「本当に欲しいもの」がどれだけあるでしょうか?仮にあったとしても、子供のように「何が何でも」と行動するでしょうか? モノあまり時代の真只中にいて、衣・食・住に困らない我々は、目標意識あるいは達成意欲が希薄になる恐れがあるように思います。 ダダをこねるくらい欲しいもの、見つけたいですね。 |
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2006/8/22「子供」社員に子供が生まれ、お祝いを渡しました。その時、彼は目に涙をためて「名前を遥(ハルカ)にしました」と力強く言いました。 今から2年前、彼に第一子が授かりましたが、その子は両親に元気な産声を聞かせることなく小さな命をとじました。初めての子供、それも結婚してから5年目にやっとできた宝物でした。 彼と奥さんは悲しみにくれる間もなく、厳しい現実を突きつけられます。流産でなく、一旦母体から出てきて息をしていたため、役所への届出の手続き上、亡くなったその子に名前を付けなければならないのです。 一度も抱くことができなかった子供に命名しなければならない彼と奥さんの気持ちは、いかばかりのものだったでしょうか。 その苦難を乗り越え、先月待望の子供が生まれたのです。彼が「名前を遥にしました」と叫んだその言葉は、おそらく彼にとって勝利宣言だったと思います。 わが子を虐待するニュースが日々報じられている中、きっと遥ちゃんは愛情一杯に育つことでしょう。 |
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2006/8/18「運転と性格」普段おとなしいのに、車のハンドルを握ると突然性格が変わって乱暴な運転をする人がいます。いったいなぜでしょう。 車は、性格を変えるいくつかの条件を備えているという話を聞きました。たとえば、優越感。歩行者や自転車に対する優越感と、他の車より速い、あるいは高級であるという優越感や虚栄心です。これが、自分は人より上位にいるという錯覚を起こさせます。 また、車という自分より大きなものをコントロールできることから、支配欲も満たしてくれます。さらに、車の中は一人でいられる解放感のある空間ですが、これも性格を変える要因となります。 つまり、車は欲求不満を解消する役割を持つと同時に、優越感や支配欲を満たしてくれる道具なのです。それによって、今まで隠れていた攻撃的な性格がハンドルを握ると出てくるようです。ですから、生活や仕事で思うようにならないことが多く、支配できるものも少ない人のほうが、性格が変わりやすいとか。 日頃あまり欲求不満をため込まないほうがよろしいようで・・・。 |
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2006/8/11「心の和」中国の地方のある村で、干ばつのため雨が降らず、村人が困っていました。 そこで、村人は有名な「雨降らし男」を呼んできて、雨を降らしてくれるように頼みました。 すると、その男が小屋をつくって篭ったところ、三日目に雨が降り始めました。 その雨に村中が大喜びし、お礼を言うと、その男は答えました。 「あの雨は、私が降らしたのではない。この村では、天の秩序に従って村人が生きていなかった。そのため、雨が降らなかったのだ。そして、その影響を受 け、この村にやってきたとき、私も天の秩序に反する状態になった。そこで私は三日間小屋に篭って、私自身が秩序の状態になるのを待った。すると自然 に雨が降ってきたのだ」。 この話は、東洋的な神秘の物語にも読めますが、実は、我々が、職場などにおいて、しばしば経験していることではないでしょうか。職場におけるメンバーの心の和が乱れてしまったとき、すべてがうまく動かなくなるときがあります。人のせいにしたり、機械のせいにしたり、材料に文句をつけてみたり、何もかもがギクシャクしてしまいます。 しかし、そのとき、何にも働きかけず、ただ、その中心にいる指導者が、心の静寂を取り戻すだけで、その職場に心の和が回復し、物事がうまく動き出すことがあります。 |
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2006/8/4「共感」ある役者さん曰く「相手役のせりふの内的意味がきちんと聞き取れれば、自分の言葉は自然に口をついて出てくる」とのこと。 つまり、舞台で相手の演技がとても良かったと思うとき、自分も正しく演技ができているのだそうです。 「今日の舞台は我ながら良くできた」などと自分で思うときは、逆にダメだそうです。 この話は、我々の日常における「対話」というものを考えるときにも、深い示唆を与えてくれます。 なぜなら、誰かと「対話」しているとき、次に自分が語るべき言葉に気持ちを奪われ、いま相手が話している言葉に耳を傾けることを忘れてしまうことが多々あるからです。 そして、我々は「相手の共感を得たい」という気持ちに支配され、「相手に共感する心」を忘れてしまうのです。 |
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2006/7/28「不思議な紙」暑中お見舞い申し上げます さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。 頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュさせてから、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) 植木会長は、手に持っている1枚の紙を見ながら言いました。 「この紙には、まだ実現していない未来が書いてあります。しかし、そのほとんどが実現します」 さて、この不思議な紙の正体は? 答は下の方へ「白地で」書いていますので、、反転する前に少し考えてみてください。 (答) その紙は、植木会長の「予定表」だったからです。 予定とは、文字通りあらかじめ決まっていることです。夢や目標をカレンダーに書き込めば、やがて予定となり、実現可能なものとなるでしょう。 夢+日付=目標 目標−現状=課題 |
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2006/7/21「次はがんばる」「オイちょっと待てよ。今でもできるんだよ!何で今やらないんだ!!」 ある居酒屋チェーンの社長が叫びました。全社員を集めた会での出来事です。社長が声を荒げたのは、一人の店長が店舗の改装にあたり、「店舗を新装したら、もっとサービスを良くします」と決意表明をしたときです。 「新装したら良くする」では、今のお客様を大切にしていないのではないかと社長は感じ取りました。 「次はがんばります」。一見決意を表したように思えるこの言葉には、現状の限界や諦めが見え隠れします。 顧客に対するサービスと店舗の改装は、別の次元のものであることを認識しなければなりません。 今、球団の解散騒動の渦中にいる萩本欽一さんが、以前インタビューで次のように語っていました。「凡ミスした選手が『次はがんばります』っていうけど、それは許せないんですよ。今日がんばらないと、今日来てくれたお客さんに失礼じゃないですか。それに、誰にでも『次がある』とは限らないんですよね」。 |
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2006/7/14「売る側、買う側」大手の電気屋さんへ行くと、店員が寄ってきて「何をお捜しですか?」の問いから始まり、商品の説明をしてくれます。 その内容は、商品の特徴と価格がほとんどです。 実際のところ、買う側にとっては、細かな使い方を知りたいし、設置あるいは使用する場所による利便性も教えて欲しいし、メンテナンスを含むアフターサービスのことなども気になります。 しかし、売る側は、売ることが目的になり、「売ったらおしまい」のケー スが多いように思います。 お客は、商品を買うことが目的ではなく、それを使うことが目的であり、 有事のときの保障も一緒に買おうとしているのに・・・。 ある人いわく、「モノを売ることは、自分の娘を嫁にだすのと似ている。 嫁ぎ先でちゃんとやっているかどうか気になるものだ」。 |
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2006/7/10「原因追求」サッカーワールドカップは、イタリアの優勝で1ヶ月にわたる激闘の幕を閉じました。 数々の名プレーを見せつけてくれた各国の選手に感謝しています。 日本チームは、惜しくも予選リーグで敗退し、下馬評の高かったブラジルやイング ランドも夢半ばで、去っていきました。 大きな期待があるだけに、ひいきのチームが敗れたとき、周囲は冷たい反応を示 します。悔しい気持ちをどこかにぶつけたくなるのでしょう。 「ジーコ監督の采配が悪い」「柳沢選手はダメだ。」と無責任に名指しで罵声を浴び せます。 次の成功(勝利)に結びつけるために、敗戦の原因を分析することは必要ですが、 敗戦の犯人捜しは、敗戦から学ぶこととは違うと思います。 観客だからということだけで、うっぷん晴らしのための犯人捜しをしていては、個人 の成長も組織の進歩も社会の発展も望めません。 試合の勝ち負けだけでなく、多様な分析ができる人間・組織・社会になることを試さ れている気がします。 |
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2006/6/30「いつも」毎日通っているわけでもないが、時に訪れることがある程度の 店の店員から笑顔で「いつも、有難うございます」と言われると、 つい嬉しくなる経験って皆さんありませんか? 「有難うございます」にたった一言、それもたった3文字の言葉 がくっつくだけで、 「あっ!オレのこと覚えてくれているんだ」と いう、常連客として認めてもらったような喜びが湧いてきます。 顧客開拓、固定客確保、接客教育などの堅苦しい作戦会議を 開くことも重要でしょうが、さり気ない一言を大切にすることで、 顧客をひきつけられることを忘れたくないですね。 |
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2006/6/28「PK戦」サッカーワールドカップの決勝トーナメント、スイス対ウクライナ戦で、 今大会初のPK戦が行なわれました。 サッカーは90分間、相手ゴールにシュートを決めるために、選手が フィールドを駆け回り続けます。 恐らくプレー中、選手同士の駆け引きやプレッシャーはあるでしょうが、「雑念」の入り込む余地はないでしょう。 しかし、PK戦は違います。「ここでもし外してしまうと、生涯汚名をき せられる」「自分だけでなく家族も世間に顔向けできなくなる」「選手 生命を絶たれるかもしれない」「国に帰れない」等々、キックする前に あれこれ考えるに違いありません。 「ここで決めれば、ヒーローになれる」というイメージしか浮かばない 人ばかりではないはずです。 PK戦って残酷ですよね。 仕事もゴール(目標)に向かって脇目も振らず、ひたすら頑張ってい るときの方が幸せなのかもしれません。 |
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2006/6/23「携帯電話と情報」特売商品は、宣伝しなければ売れないと思いちですが、携帯電話時代の 今では、その感覚がすっかり変わってきています。 先日、倉敷のスーパーで、在庫調整のためにある商品のセールを行うこと になりました。もちろんチラシ広告は出していません。店頭のポップだけです。 従来ならば、チラシを流すなど、何かで宣伝しなければ、たまたま店に来た 顧客以外は気づきませんでした。ところが、今回は来店してセールを知った 人たちが携帯電話でどんどん情報を流してくれたため、店側が事前の告知 や宣伝をしなかったにもかかわらず、あっという間に広まってお客が集まり、 商品が売れたそうです。 「セール⇒チラシ⇒集客」の概念を覆されたとそのスーパーの社長は仰って いました。 顧客が欲しいものを安価で提供すれば、その情報は瞬く間に広がる仕組み が既に出来上がっているようです。 もっとも、悪い情報も同様に広がるから要注意です。なぜならば、いい情報も 悪い情報も、「目新しい情報」だからです。 |
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2006/6/16頭の体操「快速男」さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。 頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュ させてから、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) 足の速い男が言いました。 「ベッドから10メートル離れたところに電気スタンドがあるけれど、僕は ベッドからスタンドの電気を消しに行って、部屋が暗くならないうちにまた ベッドに戻ってくることができる」 さて、いくら足が速いからといって、そんなことが可能でしょうか? 答は下の方へ「白地で」書いていますので、反転する前に少し考えてみて ください。 (答) 明るい昼間に電気を消せば可能。 不可能を可能にする発想は、まさに「コロンブスの卵」です。 こんなアイディアをバカにしていては、発想力がつきません。 常識離れした飛躍を楽しむところから、未来が拓けてきます。 |
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2006/6/9「模倣」芸術選奨文部科学大臣賞に輝いた画家が「盗作」疑惑でもめています。 芸術の世界に限らず、一般生活でもビジネスでも盗作・模倣・真似は常に 存在しています。 赤ちゃんは、親の仕種を真似て成長します。ファッションも他人の良いとこ ろを真似て着飾ります。音楽も洋楽の影響を多大に受けています 。電化 製品やIT関連などは、模倣の上に発展があると言っても大げさではないと 思います。 かつて日本は、模倣を土台にして成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たし ました。それは模倣を消化してさらに、独自性を持たせられたからです。 今は食生活を含む生活全般のスタイルや、株主主権主義、成果主義など 企業の経営形態まで他国の真似をしていますが、それらは弊害も多々見 受けられます。 模倣の王道を逸脱するとしっぺ返しがくるのでしょう。 ところで、今回の絵画盗作問題は、画家だけが非難を浴びているように思 いますが、この作品あるいは画家を選んだ人って責任はないのでしょうか? 皆さん気になりません? |
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2006/6/1「ムダとり」「ムダは敵だ!ムダを省こう!」と皆が声高に叫びます。 一般的には、 ミスをなくし、 ロスを削減することが「ムダとり」だと 思われているようです。 しかし、我々が提供する製品やサービス にも意外なムダが潜んでいることがあります。 我々はえてして「これもできます、あれもあります」といった機能や 価値を付加する「足し算」ばかりに目がいきますが、顧客が「そこ まで求めていない」不要な機能を省く「引き算」が必要なときもあり ます。 何がムダなのかをまず知ることが大切です。ムダな脂肪がついているお陰で凍死を免れた人や溺れずにすんだ人もいますしね。 |
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2006/5/26「知恵」振り込め詐欺が相も変わらず、多くの人をくいものにしています。 詐欺あるいは詐欺まがいの行為をする人たちは、実に巧妙な手口 を次から次へと考え出します。 彼らは、自分たちの扱う商品が「まともではない」ことを知っています から、それを補って何とか売るために必死になるわけです。 まともな商品やサービスを提供している人たちが、詐欺師のように 必死で知恵を絞れば、無敵なんですけど・・・。 |
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2006/5/18「プロ意識」プロ意識 1 出張先で仕事が遅くなり、疲れていたため、宿泊先の近くで食事をするところを 探しているとラーメン屋が目に入ったので暖簾をくぐった。 出張かばんを落とす ように座席に置き、 どのラーメンを注文しようかと悩んでいると、 愛想とは無縁 の顔をした店主が言った。「お客さん、随分疲れてるみたいだね。そんなときは、 あっさり味の方がのどを通りやすいよ。 その代わり少し塩を多めに入れといて やるよ」。 この店の売りは、味や値段だけではない。 プロ意識 2 ガソリンの給油がてら、洗車をしてもらおうとガソリンスタンドのスタッフに声をか けた。 店員は、 「どうしても今日洗わなければならないのでしたら、洗車いたしますが、 先ほどの天気予報で昼から崩れると言っていました。明日の午後には雨も上が るようですし、 その後は数日間晴れるとのことですがどういたしましょうか?」 と 笑顔で対応した。 売らない営業もあるのだ。 プロ意識 3 路線バスが止まった。乗り込んだ年配の女性が通路を進む。杖をつき、座席に つかまりながら、空いた席を探している。 発車までに時間がかかり過ぎているような。車内に落ち着かない空気が流れ始 めた。そんなとき、男性から声が上がった。「はよ、(バスを)出さんかい」。 どうするのか。 運転席に目を向けた瞬間のことだ。 「お待たせしておりますが、 お客さんが席に着くまで出発いたしません。このバスは、モノを運んでいるのでは ありません。人の命を運んでおりますので」。運転手のよどみのない声。押し黙る 車内。少しして女性が座った。「お待たせしました」。バスは走り出した。 駅前。皆が降りる。文句をつけた男性は、ばつが悪そうだ。着席に時間がかかっ た女性は、運転手を拝むように「ありがとう」。「安心して乗っていただくのが大切 ですから」と運転手が返した。 命を運ぶ者が決して失ってはならない「心」を見た。今日乗った人たちは、きっと またこのバスを利用するに違いない。 |
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2006/5/12「顧客無視」ある会社へ急用で電話をしました。 「○○さん、いらっしゃいますか?」 「○○は、ただいま打ち合わせ中でございます」 「いつごろ終わりますか?」 「午前中いっぱい、かかります」 「××の件について急いで連絡をとりたいのですが、他にわかる 方いらっしゃいますか?」 「担当の○○しか、わかりません」 「それでは、打ち合わせが終わり次第ご連絡いただけますか?」 「承知いたしました。伝えておきます」 その後電話はかかってこず、こちらから再度電話をいれると、 「○○は外出中でございます」の返事。 電話を受けるときの注意事項として、 ・ツーコール以内で電話をとる ・誰かにつなぐときは、相手を30秒以上待たせない ・会議中でも必ずつなぐ というのを聞いたことがあります。 お客より重要な打ち合わせってどんな打ち合わせか訊いてみたい ですね。 |
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2006/4/26さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュ させてから、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) 直径20センチの丸い穴を開けた新聞紙があります。 その穴にバスケットボールを通すには、どうしたらよいでしょう? もちろん、穴を広げてはいけません。 答は下へ「白地で」書いていますので、見る前に少し考えてみてください。 (答) ボールの空気を抜いて通す。 バスケットボールが手元にあると、「ボールの空気を抜く」という 答を思いつく人は多いでしょう。 仕事でも、問題解決能力を養うためには、頭の中だけで答を だそうとしないことですよね。 想像(創造)と行動⇒考動が必要で〜す。 |
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2006/3/30あるコラムで見つけた記事を紹介します。「10円玉のミス」 あなたは、10円玉の図柄を描けるだろうか?恐らくほとんどの人は何となく記憶しているが、正確には描けないはずだ。 10円玉を他の硬貨と間違う人はいない。 色や大きさで識別できるから、図柄まで記憶する必要がないのだ。 10円玉を見て、「ああ、そういえば」と思った瞬間、脳が刺激されている。 「思い出せない」 という関心が、 「見る」 から 「視る」に脳の スイッチを切り替えている。 これまでの何万回以上の接触よりも、このたった一回の興味のほうが記憶に残る。 接触回数が多ければ伝えられることも多いはず、きっとわかってもらえるはずと思い込み、企業も個人も接触回数に依存しすぎると、この 「10円玉のミス」を犯すことになる。 接触回数は、認知と相関するが、好意や共感とは相関しない。 重要なのは、企業のあるいは個人の「価値」であり、「人格」なのである。単なるデザインや標準化された機能に好意や共感を生み出す力 まではない。 |
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2006/3/29「野球」野球のシーズン到来です。 WBCが日本チームの優勝という、最高の結果で幕を閉じ、選抜高校野球が熱戦を繰り広げ、プロ野球も開幕しました。 野球について考えてみると、他のスポーツと少し違うところがあります。 それは、 試合に出ている九人全員が、平等に攻撃の機会を与えられていることです。 多くのスポーツは、攻撃陣と守備陣に分業され、ほぼ固定された状態でその専門性を発揮します。 これは、限られた人員の下で人的資源の最適配置を行なうマネージメントとして考えれば、「適材適所」で合理的です。 しかし、野球の場合、必ずしもバッティングを得意としない選手にも打席を平等に配分するわけですから、他のスポーツとは一線を画している気がします。 打撃が得意でない人もそれを克服するために、 足を使ったり、奇策を講じたり、とにかく「全員攻撃」の気持ちを強く持たなければ試合に勝てません。 このことは、中小・零細企業の戦いに似ていて、「オレは製造だから、販売は関係ない」 とか「私は無口だから、営業に向いていない」 などと言っていられ ないのと同じです。 昔の高度成長時代を作り上げたときの日本は、 この「全員攻撃」 の精神がパワーの源だったのかもしれません。 野球が日本に根付いたのは、どうやらそのあたりに理由がありそうな気がしますが、これってこじつけ? |
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2006/3/27「個性」世間では、個性を伸ばすとか個性を大事にしようとよく言われる。 個性というのは、 その人の中にあると思われがちだが、それは間違いである。 人を見る目を養わなければならない。 個性は、自分が人と違うということ。ならば、他人が前提となる。 つまり、他人が自分を見ることであって、自分で言うことではない。 人をしっかりと見て、 自分との違いを分析できて初めて、個性は誕生する。 養老孟司 |
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2006/3/23「水五訓」 黒田如水1.常に自己の進路を求め、止まぬは水なり 2.自ら潔くして、他汚を洗い、清濁併せ容るるの量あるは水なり 3.障害にあって、その勢いを百倍するは水なり 4.自ら活動して、他を動かしむるは水なり 5.洋として大海を充たし、発して蒸気となり、雲となり、雪に変じ、 霞と化し、氷っては玲鑑(麗しい鏡)となり、しかもその性を失わ ぬは水なり |
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2006/3/17「1日1時間」ある会社で、1日に1時間だけ出社することを社員に2日間挑戦してもらったそうです。 もちろん、自宅に仕事を持ち帰ったり、電話で得意先と連絡を取ったりするのも禁止です。 1日1時間の勤務でも、周囲や顧客に迷惑をかけずに業務をこなせるにはどうすれば良いかを考えてもらうための試みです。 1日8時間でやっていた仕事を1時間で処理するには、個人の努力だけでなく、周りとの調和や協力が必要となり、根本的に仕事のやり方を見直さなくてはならないので、そこに新し い発見の余地があるというものです。 通常、仕事が1割増えると残業で何とかなると思い、3割増なら徹夜でどうにかしようと思い、5割増だと休日出勤で対応しようと考えるそうで、 仕事が増えても時間内に処理することを 目指す人は少ないそうです。 皆さん、挑戦してみますか? 会社に8時間いても、仕事をしているのは1時間だけだという人はダメですよ |
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2006/3/14「ネガティブ賛成」ポジティブ・シンキングなどというが、ポジティブからしか物事を見られない人より、ネガティブな見方も知っている人のほうが、人間の幅が広い。 落ち込んで、すねてひがんでいる人の気持ちがわかる。いつもポジティブに生きてきた人は、ネガティブ人間の気持ちに無頓着である。 ポジティブに生きてきた人は、確かに立派かもしれないが、ネガティブに落ち込んだ経験のある人のほうが、人に優しくなれる。 人生のネガフィルムもじっくり見つめて欲しい。その風景は、きっとあなたの心を豊かにしてくれるはずだ。 誰の言葉か知りませんが、「悲惨な予想や状況は、悲惨な結果のみ生むものではない。」というのがありました。 |
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2006/3/10「観念」サーカスの象は、小さい頃に頑丈な鎖でつながれる。子象は鎖を引っ張って逃げようとするが、まだ小さいので鎖を切れない。 そのうち逃げられないとあきらめて、暴れるのをやめる。 この子象は、年月が経つと大人になる。もう、つながれている鎖など簡単に切れる力を身につける。ところが、象は暴れることもなく、決して鎖を切って 逃げようとはしない。象は、鎖が切れなかった経験はしているが、鎖を切った経験をしていない。「鎖は切れない」という観念が植え付けられてしまっている からだ。 人間もこの象と同じだ。 一度失敗をしたことを「これは自分にはできない」と思い込み、苦手意識を自分で植え付けてしまう。 こういったたとえ話はよくあります。しかし、本当に象は「鎖が切れない」という思い込みで逃げないのでしょうか? もしかすると、サーカスにいれば毎日餌をもらえるからかもしれませんし、安全だからかもしれません。サーカスで芸を見せることに喜びを感じているから かもしれません。 「『鎖は切れない』という観念が植え付けられてしまっているからだ」と勝手に決め付ける人こそ、観念が植え付けられているのではないでしょうか? |
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2006/3/8さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。頭の体操で、固まった脳をほんの少し柔らかくして、気分をリフレッシュさせて から、次の仕事に取り掛かりましょう。 (問題) 一人の男が、1枚の肖像画を眺めているので、ある人が尋ねました。 「誰の肖像画を見ているのですか?」 「私には兄弟がいません。しかし、この絵の男の父親は私の父親の息子です」 さあ、絵の男はだれでしょう? 答は下の方へ(白字で)書いていますので、見る(反転する)前に少し考えてみてください。 (答え)↓ 絵を見ている人の息子 「私の父親の息子です」という言葉は、「私」に置き換えられます。 まわりくどい説明をしていると、一向に相手にわかってもらえないものです。 簡潔でない説明が、どれだけわかりにくいのかという例です。 逆に、話し手が事情をよくわかっているからといって、肝心な点を省略して しまい、聞き手に伝わらないこともあります。 達意簡明は、難しいものです。 |
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2006/3/6「比較」友人夫婦が尋ねてきて、世間話をしているうちに、友人の奥方が騒ぎ出しました。 過日、朝9時ごろに車のクラクションが何回も鳴るので、外に出てみると、お向かいの家の前にトラックが止まり、荷台に立派なピアノがのっかっていたそうです。 奥方いわく「きっとご近所に見せ付けるために、わざとクラクションを鳴らすよう運転 手に言ったに違いない。 ふざけてる。ウチも何か買い替えようかしら」とのこと。 人は、おかしな習性を持っていて、他人とよく比較をします。それによって幸せになることもあれば、その逆のこともあります。 誰が指図するわけでもないのに、自分で勝手に比較をしては、ため息をついたり、怒ったりして苦しんでいます。 上でも下でも、強くても弱くても、大きくても小さくても、美しいものは見えるものなんですが・・・。 非核三原則ならぬ、比較三原則とは、主人の出世 ・ 奥さんの持ち物・子供の進学 あたりかな? 「上見れば、望むことのみ多かりき、笠着て暮らせ、己が心に」。名言です。 |
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2006/3/2記事を紹介します。「愚直こそパワー」。モノづくりのメッカ・名古屋の企業経営者に、そんな考えが目立つ。 最近の耐震データ偽造問題やライブドア事件のためだけではない。江戸時代から続く「名古屋商人の根本精神」だそうだ。 昨年来の名古屋経済への高い評価で裏付けら れた点も大きいという。 そんな企業風土は、 人材育成から生まれたようだ。「 モノづくりと人づくりの間には、双方向の因果関係がある。つまり、愚直にモノを作ることが愚直な人づくりに役立ち、 企業のパワーも培う」。2月の中部財界セミナーで、講師がそう説いた。社長の一人は「名古屋では城山三郎さんの小説『粗にして野だが卑ではない』のような人間が評価さ れているからね」ともらした。 「日本一元気」な名古屋経済の強さを突き詰めると、マンパワーに行き着く。「どんなに製作能力が高くても、人格の優れない人はリーダーにしない」という企業も少なくない。 結局は人の問題だ。名古屋経済の輝きで「愚直」も輝き、品格にまでつながっているように思えた。 |
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2006/2/27「嘘」このところ、連日ホリエモンのメール疑惑が取り沙汰されています。 メールの内容よりも、メールそのものが本物か偽物かという議論になっていることが心配なのは、皆さんも同じだと思います。 マンションの耐震構造偽装事件の「偽装」、ライブドアの粉飾決算事件の「粉飾」、今回のメール論争では「ガセ」と様々な言葉が飛び交 っていますが、それらの共通点は、「嘘」です。 情報は、たくさんあれば判断の際に助かります。 その中で最もよい選択をする知恵を我々人間は持っています。 つまり、最大の悪は、「嘘」と「隠ぺい」です。 しかし、人が生きていくうえでは、100の真実よりたった1つの嘘で救われることもあります。 「嘘」って難しいですね。 |
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2006/2/24「愚か者」事務所の窓を換気のために少し開けていたら、季節はずれの虫が室内に飛び込んできました。何度もガラスに体をぶつけながら飛んでいます。 「入ってきた窓の隙間から出ればいいものを。 この愚か者め。」 とあざ笑いつつ、自分も悩みを抱えたとき、同じことをしているのではないかと思いました。 一歩さがって客観的に見れば、出口がどこにあるかわかるのに、目の前のことしか見ないで闇雲に頭をぶつけて苦しむのは、虫と変わりないかもしれません。 虫の行動といえど、無視できず、むしろ教えられるとは、情けない。 落ちがイマイチでした。やはり愚か者です。 |
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2006/2/22「変化と異常」「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」というように、いつの時代にも変化は続いています。 ところで、「変化」と「異常」をきちんと区別できている人は、どれだけいるでしょうか? 「 変化 」 は、小さくても大きくても、元へは戻らないものであり、「異常」は一時的なものだと、ある人は定義しています。 それが正しいとするならば、おのずと対応の仕方も変わってきます。 自分を取り巻く環境が変わりだしたときは、まず「変化」と「異常」の見極めが大切なようです。 |
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2006/2/20「月曜日の朝」ある雑誌に「親が、朝いやな顔をして家を出る姿の延長線にニートが存在する」 と書いてありました。 仕事に対する親の気持ちを、子供たちは敏感に見ているというのです。 まさに「子は親の鏡」です。 月曜日の朝に「週末まであと何日かな?」と考えるようになると、日々が流されてしまいます。 「また仕事だ」と思いながら家を出ていては、家族に元気のでるはずもありません。 「仕事って嫌なものなんだ」と思われるだけです。 自分のためにも家族のためにも次世代の若者たちのためにも、朝出掛けるときは、「今日も一日、いい日になりそうだ。頑張るぞ!行ってきます」くらいのことを 言いたいですね。 |
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2006/2/16「商売の教え」ユニーの名誉会長・西川俊男氏は、若いころにご母堂からいただいた「商売の教え」を、尊い遺訓としてたいせつにしておられる。 次が、その教えである。 「一所懸命に働く人は多い。しかし、同時に一所懸命に考えるんだよ。 ハード・ワークというものは、ハード・シンキングがあるから生きるんだよ」「柔らかい体質にするんだよ。間違ってたら直すんだよ。できなかっ たら繰り返すんだよ。頑固になるなよ。角張るなよ。柔らかくなれよ。 それが若いということ。若ければ教えてくれるよ」「経営に落とし穴があるよ。落ちたって嘆くなよ。次に落ちなきゃいいんだよ」 「青年にすすめたいことは、ただ三語につきる。すなわち働け、もっと働け、あくまで働け」とはビスマルクの言と伝えられるが、先の"遺訓" に比べると、いささか能がないようにすら思える。 西川氏ご母堂の「商売の教え」こそ、ほんとうに働いた人ならではの名言ではないだろうか。 |
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2006/2/13「達意簡明」手紙や書類の文章は、できるだけ「達意簡明」を心がけたいものです。 「達意」とは意図を十分に行き届かせることであり、「簡明」とは簡単明瞭なことを言います。 ユーゴーが 「レ・ミゼラブル」 を出版したときの、 出版元とのやりとりでは、ユーゴーから 「?」、 出版元からは 「!」 だけでした。 「売れ行きはどうか?」という問いに、「すばらしい!」と答えたのです。 フランスの哲学者・パスカルは、ある手紙の終わりにこう記しました。 「私はこの手紙をいつもよりずっと長く書きました。 というのは、それを短く書く時間がなかったからです。パスカル」 確かにパスカルの言うように、達意簡明な手紙を書くには事前に考えをよくまとめる時間が要ります。 達意簡明とは、その成果なのでしょう。 俳句や短歌って凄いですね。 |
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2006/2/9「肝心なこと」「哲学者○○の言葉に、」 とか「○○の法則によると、」 と言われると「もの知りだ」 と思ってしまう。 英語やフランス語など外国語を堪能に喋る人を見ると「頭がいい」と思ってしまう。 「ITの申し子」となると「時代の先端をいっている」と思ってしまう。 自分の理解の外にある人に対しては、つい尊敬や羨望の念を抱いてしまいます。 しかし、言葉や法則を知っていることと実際の人間性や行動が素晴らしいこととは、必ずしも一致しないことがあります。 英語やITも同様、それらは単なる道具であって、肝心なのは、それらを使う人間の中身であり、使い方です。 漫画家の本宮ひろし氏は、「漫画で絵を描けるということは、小説で字を書けるのと同じ。 だから、何を書くのか(物語)が大事なんだ」と言っています。 |
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2006/2/7雑誌に載っていた「詫び状」の書き方をご紹介します。平成 年 月 日 株式会社○○○○ 代表取締役 ○○○○様 株式会社×××× 代表取締役 (1)(自署) (2)謹啓 貴社益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。 さて、 このたびは弊社製品の納入につきまして、不備のある製品をお届けする不始末を起こしてしまい、ご関係の皆様には多大なご迷惑 をお掛けしましたこと、誠に申し訳なく深くお詫び申し上げます。 弊社に対するご信頼ならびにご期待に反する結果を招きましたことを担当の○○より報告を受け、誠に申し訳なく恐縮至極に存じます。 (3)何故このような事故が起きたのか、 早速関係部門におきまして、事故原因の究明に当たらせておりますが、(4)弊社といたしましもかかる事故の皆無を期し、一層の品質管理体制の強化を図り、 事故の再発 を防止する所存でございますので、 何卒ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。 (5)なお、 本件解決のために、 担当の○○をお伺いさせ、 直接ご相談させていただきたく存じます。 ご多忙のところ誠に恐縮ではございます が、ご引見賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 甚だ失礼ではございますが、 書面にてお詫び申し上げますと共に、今後とも弊社製品につき、変わらぬご愛顧の程、 重ねてお願い申し上 げます。 (6)どうぞご自愛くださいまして、 益々ご活躍くださいますよう、 心よりお祈り申し上げます。 謹白 (解説) (1)自分の手書きで署名を行なうと、真摯な姿勢で臨んでいることを伝えられる。 (2)できるだけ最上級の頭語を用いて、相手に敬意を表する。 へたな自己弁護はせず、非を素直に認める。 (3)原因究明に向けた行動をしていることを伝える。ただし、究明には時間を必要とすることも多いので、期限は明記せず、余裕を確保する。 (4)再発防止を示すことが、信頼回復の第一歩。また、 失敗について指摘を受けたことが、改革・改善のきっかけになっていることを強調すれ ば、「よいことをした」と相手も快く感じる。 (5)最終的にどのような償いをするのかを示す。 (6)形式にとらわれることなく、「申し訳ない」というこちらの真意を素直な言葉や表現で伝える。 「クレーム処理研究会」の参考資料より |
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2006/2/6マラソンで勝つために必要なものは?このところ、毎週のように全国各地でマラソン大会が開催されていますが、「マラソンで勝つために必要なものは?」と問われれば。あなたなら何を思 いつきますか? 42・195キロを走りきるスタミナ?それともスピード?はたまた他の選手との駆け引き? バルセロナ五輪で8位入賞した谷口浩美・沖電気監督が面白いコメントを出していました。 それは「気配り」。00年のシドニー五輪女子マラソンで、金メダルに輝いた高橋尚子選手を見て感得したというのです。競技終了後、帰国のため、陸 上の選手団が空港の待合室に集まったとき、高橋選手は監督、コーチから飲み物の注文を聞き、自ら運んできました。 谷口監督は「ヒロイン気分に浸っていてもおかしくないのに、おくびにも出さない。自然に出来るところが彼女の強さ」と感じたそうです。 男子で2時間10分、女子で2時間20分。これほどの時間をライバルと共にするスポーツでは、相手の体の状態、心境を察知することが、勝敗を分ける 重要な要素ともなります。その「観察力」を磨くためには、日常生活での「気配り」が一番だというのです。 これって、仕事にも通じそうですね。 |
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2006/2/2さあ皆さん、仕事でお疲れのところ、一服タイムです。 |
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2006/2/1スズキ自動車・鈴木会長の記事をご紹介します。 |
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2006/1/30「であい」 |
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2006/1/27「三方よし」近江商人の商法と理念は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」 という「三方よし」の考え方が基本となっているそうです。 昔の近江の商家には、「他国へ行商するも、総て我事のみと思わず、その国一切の人を大切にして、私利をむさぼることなかれ」 という家訓があったとのこと。 商いは、売り手と買い手という当事者だけでなく、社会全体の幸福につながって、初めて成り立つという教えです。そして、当然のことながら三方の中に優先順位はありません。 理想論として「世間よし」の域にまで配慮することはあっても、それを実践できるのかどうかは、最近多発しているお騒がせ事件を見れば、明らかです。 「三方よし」が、いつの世でも事業の存立基盤であることに異論はないと思います。 「我が方よし」だけにならぬよう、気をつけたいですね。 |
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2006/1/25「いただきます」永六輔氏のラジオ番組に、一通の手紙が届き、そのことがあれこれと議論されているそうです。 ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」との内容です。 番組には、数十通の反響があり、多くは申し入れに否定的だった一方、母親のような考え方は必ずしも珍しくないことを示す経験談もあったようです。 次に、永氏への質問とその受け答えを記します。 Q.「給食費を払っている」という理由について、どう感じましたか? 永氏 : 学校給食で「いただきます」を言うことへの抵抗は、以前からありました。それは、両手を合わせる姿が特定の宗教行為、つまり仏教に結びつかないか、という懸念です。宗教的なことを押し付けるのは僕も良くないと思います。でも「いただきます」という言葉は、宗教に関係していません。 自然の世界と人間のお付き合いの問題です。 「お金を払っているから、いただきますと言わせないで」というのは、最近の話です。命でなく、お金に手を合わせちゃう。会社を売り買いするIT企業や投資ファンドにも共通点があると思います。 話の発端になった母親は「いただきます」を言うかどうかを、物事を売る、買うという観点で決めているのでしょうね。売り買いはビジネスですから、そこに「ありがとう」という言葉は入ってきません。「ありがとう」に準ずる「いただきます」も入ってこない。ただ、そういう母親がいることも、認めないといけないと思います。 Q.永さんは、どういう意味合いで「いただきます」を? 永氏: 「あなたの命を私の命にさせていただきます」の、いただきます。でも僕は普段、家では言ったり言わなかったり。ましてや、他人には強制しません。絶対言わなきゃいけないとは思いません。 きちんと残さないで食べれば、「いただきます」と言って残すより、いいと思うんです。 貧しい国には飢えて死んでいる人がいる。日本で残して捨てているご飯があれば、助かる子供たちがいっぱいいるわけでしょう。 食べ物を大事にできているかどうか。 言わないのが「ひどい」と反対することではない、と思います。 以前ある学校の先生が仰っていました。 保護者面談をするので、親へ日時を連絡したところ、「私はその時間、仕事です。学校が面談の時間分の時給を支払ってくれるなら、面談に行きます」と言われたそうです。 価値観の相違とは、こんなものなのでしょうか? |
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2006/1/23「励ましの言葉」ある新聞記者の記事の一部です。 「頑張れ」と人に声をかけないように心掛けている。きっかけには三つの取材経験がある。 一つは不登校取材。「頑張って学校に行こう」との周囲の励ましが重みだったと話す子どもたちの声を聞いたからだ。 過剰な期待に本人が負担を感じるようなら、やめておいた方がいいと考えた。 その前には阪神大震災の取材で「頑張って下さい」と声をかけた被災者に「これ以上、どう頑張ればいいんでしょうか」と問い返された経験もあった。だれもが精いっぱい頑張って生きているのだから、このケースでは少し酷な言葉だったと反省したものだ。 またあるとき、事故で半身不随になった女性と話す機会があり、懸命にリハビリに励む彼女から「『頑張って!』は努力していない人にかける言葉です」と言われたこともある。 とはいえ、「頑張って」以外に、適当な励ましの言葉を探すのは難しい。 「応援しているから」 「何かあったら連絡しろよ」。大概は握手して口ごもってしまう。 きょうから大学入試センター試験が始まった。受験生は約55万人。わが子もその一人だ。 さて、どう言おうか。娘はさっさと受験会場に向かった。それはそれで良かったが、何かいい言葉はないものだろうか。とりあえず「ご苦労さんでした」と明日言おう。 「頑張れ」。発する側の思いがなかなか伝わらない難しい言葉です。 |
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2006/1/17今回の投稿は、我が会員中山永浩さんが提供してくれたものです。本人は謙虚なあまり、投稿をためらっておられますので、代わってご紹介いたします。 「自分を高める」 二人の木こりがいた。一番目の木こりは、満身の力を込めて木を切った。 休憩も昼休みも取らず、できるだけ多くの木を切るために全力を注いだ。 朝は誰よりも早く働き始め、夕方は誰よりも遅くまで働き続けた。 それを見ていた人たちは、彼があまりにも速く木を切ることに驚嘆した。 しかし、一日が終わる頃には、 二番目の木こりのほうが一番目の木こりより多くの木を切っていた。 一番目の木こりほど懸命に作業をしていたわけではないし、休憩を何度か取っていた。 一番目の木こりは、二番目の木こりに歩み寄って質問した。 「君はどうやって僕よりも多くの木を切っているんだね?僕のほうが朝から晩まで長時間一生懸命に働いているはずなのに。もしよければ、君の成功の秘訣を教えてくれないか?」 二番目の木こりは一瞬考えて言った。 「成功の秘訣なんてとくにないけれど、これだけは間違いない。 どれだけ作業が忙しくても、僕は必ず時間をとって斧を研ぐようにしているんだ。 斧がよく切れれば、より少しの労力でより多くの木を切ることができるからね」 この話の中の「斧を研ぐ」という作業は、自分を高めるということだ。 私たちは時間をとって自分の人生のすべての分野で自分を厳しく見つめなければならない。 「汝自身を知れ」というソクラテスの言葉は、そういう意味だ。 改善する必要のある分野が見つかれば、それを改善する。それが自分を高めるための第一歩なのだ。 自分を高める方法はいくつかある。 そのひとつは、成功哲学の本を読むことだ。 自分を鼓舞してモチベーションを高める本を読むことは、成長のための起爆剤となり、ひいては偉大な業績をあげる原動力になる。 自分の心に栄養を与えることは、時間とお金の最高の投資なのだ。 アレクサンダー・ロックハート |
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2006/1/13「粗雑は病気」お正月にいただいた年賀状を整理も兼ねてゆっくりと拝見していると、 絵の描かれたものが多いことに気付きます。デジカメやパソコンを駆使したものが大半ですが、版画もあれば、水彩や色鉛筆の絵手紙ふうなものもあり、本格的な墨絵などもあります。それぞれに、味があって、人柄が出ています。 年賀状に限らず上手な絵を見ますと、自分に画才がないだけに嫉妬に似た感心をしてしまいます。また決してうまいとは言えない絵を見たときには、妙な共感を覚え、「味」を感じます。 絵に添える文字も、素朴な字がなかなか雰囲気を持っているように思えます。 肉筆の絵や文字には、技術を超えた何かが表現されています。 ある画家は、「稚拙は許せる。未熟もかまわない」と言っています。稚拙や未熟はOKというのですから、下手な絵でもいいということでしょう。 しかしその画家は 「粗雑という病気は絵からとり払わなければならない。粗雑は、心の病だからである」と付け加えています。いい加減で大ざっぱな絵を描いては駄目だというのです。粗雑は病気だそうです。 下手でもかまわないから、ていねいに真剣に描けということでしょう。 仕事も人生も、絵を描くことと一緒かもしれません。 |
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